前回に続いて、9月24日に開催された本書の読書会にお寄せいただいた事前質問にお答えします。以下の2つのご質問を同じ方からいただきました:
・Scholarly Kitchenの読み方のポイント
・デジタルライブラリーとデジタルアーカイブは同じか?(デジタル資料の保存はどうなる?)
The Scholarly Kitchenをどう読むか?
学術出版社の国際専門団体 Society for Scholarly Publishing (SSP) が提供するブログサイト The Scholarly Kitchen(以下TSK)には、シェフと呼ばれる20人以上のレギュラー寄稿者がいて、『学術コミュニケーション入門』の原著者であるRick Anderson氏もその一人です。シェフの多くは学会出版や商業出版社に勤務していますが、その他にも学術情報流通に関連する非営利団体の職員や、図書館情報学の研究者、私のように学術コミュニケーションを専門とするコンサルタントなど、さまざまな人がいます。
学術コミュニケーションに関する折々のニュースやトピックに精通するシェフ(時にはゲストシェフ)が発信するTSKの記事は、最新動向を把握するのに便利です。ただ、英語で書かれている上に専門用語も多く、ほぼ毎日のように投稿される記事を読むのは億劫だという人も少なくないでしょう。実際、私も全ての記事に目を通すのはたいへんなので、見出しが気になる記事だけを読んでいます。
記事を読む時には、私はまず誰が書いているかを確認します。学会出版に携わる人なのか、大学図書館員なのか、商業出版社で働いている、あるいはその経験がある人なのか。日本語で書かれた記事であれば著者が誰なのか確認して読む方も多いと思いますが、海外の記事であれば尚更、それがどんな視点から書かれているかを意識して読むことは大事だと思います。
また、TSKの記事には活発にコメントが寄せられることも多く、誰がどのようなコメントをしているのか、それに対して著者はどう答えているのか(あるいは答えていないのか)、というのも深読みするとなかなか興味深いです。さらに私は同じトピックが他の媒体でどのように扱われているか、また、日本ではどのように報じられているか(あるいは「いないか」)もチェックするようにしています。海外の視点と日本のそれに微妙な(時には大きな)差異があることはよくあるからです。
TSKのシェフの一人で、Ithaka S+R(電子ジャーナル等のバックナンバーのアーカイブJSTORや長期保存アーカイブPorticoを運営する米国の非営利団体ITHAKAの調査部門)の顔ともいえるRoger Schonfeld氏が執筆した7月19日のTSK記事には、Judith Atkinsonさんという方による痛烈なコメントが残されています。批判の発端となったのは同時期にIthaka S+Rが広くコメントを募るために公開した「学術コミュニケーションの共同インフラに関する報告書ドラフト」(現在はウェブから削除)です。日本ではこれについて特に報じられていないようなので、後日の記事で紹介したいと思います。
TSKに限らず、どこの誰が何を言っているのかを意識すること、また、同じことについて他の人はどう言っているのかを確認することは重要です(もちろん、私が書いているこの記事についても)。特に学術コミュニケーションの世界では、多くの異なる立場の人々がさまざまな意見を述べています。例えばジャーナルの価格について、出版社の説明と図書館員の考えが大きく異なるというのはむしろ自然なことです。一方、商業出版社の勤務経験があるからといって、その人が個人として会社の方針を全面的に支持しているとは限りません。異なる経歴をもつ人が同じことを言っている場合には、それなりの真実がそこにあるのではないか、という視点で私はいろいろな記事を読んでいます。
Rick Anderson氏は、学術コミュニケーションはエコシステムであると本書の中で繰り返し述べています。自然界の生態系が異なる構成要素によって全体の環境を維持しているように、多様な考えやビジネスモデル、そして価値の循環が学術コミュニケーションを支えているのだと私は考えています。
デジタルライブラリーとデジタルアーカイブは同じか?
本書の第6章には、図書館とアーカイブスの違いは何か?という節があります。アーカイブは史料や記録文書などのコレクションで、それを収蔵する施設をアーカイブスと呼びます。図書館とアーカイブスはどちらも資料を収集、整理、管理してサービス対象としている人々に提供する施設ですが、根本的な違いは、利用者への提供と資料の保存のどちらを優先事項としているか、という点であると著者は述べています。
それぞれが取り扱う資料の特徴を考えると、よりわかりやすいでしょう。一般に図書館で利用に供される資料は複製物ですが、アーカイブスの所蔵資料の多くは「一点もの」で、そのために保存が重視されるのです。もちろん、世界に一冊しかないような貴重書を所蔵している図書館もありますが、蔵書の大半は、ある程度の部数が印刷され流通したものであるはずです。よく利用される資料は複数購入する場合もあって(図書館ではこれを複本と呼びます)、これも図書館が利用者への提供を重視しているからです。
ライブラリーにもアーカイブにも、「デジタル」が付くと少し意味合いが変わってきます。本書の第6章の「デジタルライブラリー」とは何か、伝統的な図書館とはどう関連しているのか?という節では、デジタル形式で保存されている資料のコレクションであれば、どんなものでも広義のデジタルライブラリーだ、と解説されています。現在デジタルライブラリーと呼ばれているものの多くは、図書館の蔵書をデジタル化しただけでなく、収集、整理、提供、保存という図書館の基本機能をネットワークを介して行なっているサービスやそのシステムです。その例として、本書第8章ではハーティ・トラストについて詳しく解説されています。
第6章の章末コラムでも触れましたが、日本では1996年に学術審議会によって『大学図書館における電子図書館的機能の充実・強化について』が建議されました。当時は英語での呼称もelectronic library, online library, digital libraryと揺れていたように記憶しています。また、その訳語である「電子図書館」の定義もさまざまでした。興味がある方はぜひこちら↓をご参照ください。
呑海沙織. 電子図書館を理解するために:『電子図書館:デジタル情報の流通と図書館の未来』を中心に. 大学図書館研究. 2003, vol. 67, p. 70–75. https://doi.org/10.20722/jcul.1110, (参照 2023-11-01).
デジタルアーカイブという用語も1990年代半ばから使われるようになりましたが、その担い手には、図書館やアーカイブス、博物館、美術館などが含まれます。主にテキスト資料を提供するデジタルライブラリーに対して、デジタルアーカイブは広い意味での文化財がデジタル化されたコンテンツを収録対象としています。興味深いのは、「一点もの」の保存を優先していたアーカイブスが、コンテンツがデジタルになったことでその提供が格段にしやすくなったためか、デジタルライブラリーと混同されることも多いということです。「デジタルライブラリーとデジタルアーカイブは同じか?」というご質問も、これに起因しているのかもしれません。
本書第6章ではデジタルライブラリーの例としてThe American Memory Projectが挙げられていますが、アメリカ合衆国の入植期の一次資料の多くが集められたこのコレクションは、むしろデジタルアーカイブとしての側面が強いように思われます。近年では、日本のJapan Searchや欧州のEuropeanaのように、複数のアーカイブと連携しているプラットフォーム的なものも登場しています。
括弧書きで(デジタル資料の保存はどうなる?)というご質問が続いていますが、この部分は質問者の意図を量りかねています。長期保存のために何をしたらよいか、ということでしょうか?苦し紛れにChat GPTに尋ねてみたところ、デジタル資料の保存に関連する一般的な考慮事項として、以下のようなものが列挙されました。実際のアウトプットはもっと長いので短くまとめましたが、それなりに的を得ているように思います。
フォーマットの選択(広くサポートされている形式を利用)
メタデータの管理(情報資産の管理のため、適切なメタデータを付与)
定期的なアーカイブとバックアップ(データの損失や破損から保護)
セキュリティ対策(アクセス制御や暗号化などの手段により、機密性や完全性を確保)
技術の進化に対する柔軟性(将来の技術環境で利用できる柔軟性を検討)
法的規制の遵守(特定の業界や地域によって異なる法的要件を遵守)
デジタルアーカイブの導入(デジタル資料の長期保存とアクセス管理のため)
最後にデジタルアーカイブを使いましょう、というのが面白いですね。もともとアーカイブが保存を優先している、という事情がここにも表れているようです。
電子ジャーナルなど学術コンテンツの長期アクセス保証の手段として、PorticoやCLOCKSSというダークアーカイブがあることは、大学図書館員の皆さんはよくご存知かと思います。あらゆるデジタル資料が保存の対象となっているわけではないので、出版社や図書館はこれらの事業に参加しなければなりません。日本からのCLOCKSS参加の経緯については、こちら↓の文献によくまとめられています。
細川聖二. グローバルなダーク・アーカイブCLOCKSS: 学術コミュニティーによる電子ジャーナルの長期的保存への取り組み. 情報管理. 2016, vol. 59, no. 3, p. 156–164. https://doi.org/10.1241/johokanri.59.156, (参照 2023-11-03).
Copyright © 2023 Nobuko Miyairi
「デジタル資料の保存はどうなる?」を質問しました。意図として、JAIRO Cloudで大学の紀要論文を機関リポジトリとして登録公開されています。ここで登録された論文のPDFファイルは、長期的保存の仕組みとして機能するのかという点が気になってのことです。